東京高等裁判所 昭和58年(う)1608号 判決
被告人 小田俶
〔抄 録〕
所論にかんがみ、原審記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、被告人は、原審においては勾留のまま審理を受けたところ、第二回公判期日を終了したころから、「留置室の床板の黄色が気になって眠れない。」とか、「床板の模様を見ていたら、板の黄色が血液の中に入って体がおかしくなった。」などと口走るなど、いささか異常な言動が現われたが、原判決は、被告人の刑事責任能力の有無について特に判断を示すことなく、被告人に対し懲役一年、執行猶予三年間、保護観察に付する旨の判決を言い渡した。ところが、原判決言渡後に至り、被告人が精神衛生法に基づく精神衛生鑑定医の診察を受けた結果、精神分裂病と診断され、東京都知事によって同法二九条一項による入院措置がとられ、現在に至るまで肩書住所地の慈雲堂内科病院精神科において入院加療中であることが認められる。ところで、後掲医師西尾忠介作成の各書面によれば、被告人の疾患は、病勢が鎮静した陳旧な精神分裂病と認められ、本件各犯行当時も同病に罹患していたものと推認せざるを得ないのであるが、関係各証拠によって認められる本件各犯行の具体的状況、被告人の当時の生活状況、本件各犯行についての被告人の捜査段階ないし原審及び当審公判廷における供述内容などを総合考慮すると、被告人は、前記のような精神上の障害を有しながらも、社会的適応を全く欠いていたわけではなく、一応プレス工、清掃夫などとして稼働することができたし、また、質問に対してはその文脈に相応した受け答えをするだけの事実認識の能力もほぼ有しており、本件各犯行についても、犯行の動機、態様等に特段異常なところが見当たらないばかりか、相応の罪の意識や反省も存することが窺えるのであって、これらの諸事情も合わせ考慮すると、被告人は、本件各犯行当時、行為の是非善悪を弁識し、その弁識に従って行動する能力を全く欠いていたとはいえないが、その能力が著しく減弱した状態にあったものと認めるのが相当である。
(寺澤 片岡 小圷)